東部小学校の歴史

年  代 お  も  な  で  き  ご  と 児童数
1906 明治39 坂出駅ができ、汽車がとおる。
1909 明治42   坂出じんじょう小学校(今の中央小学校)から分かれ、第二じんじょう小学校として学校ができる。 305人
1924 大正13   坂出東部じんじょう小学校とよばれるようになる。 661人
1935 昭和10   高等科を新しく作り、坂出東部じんじょう高等小学校とよばれるようになる。 808人
1941 昭和16 太平洋戦争が始まる。
  坂出東部国民学校とよばれるようになる。
1942 昭和17 坂出市がとなりの林田村といっしょになり、坂出市となる。
  坂出市立東部小学校、学校の名前がかわる。
1945 昭和20 太平洋戦争が終わる。
1947 昭和22   坂出市立東部小学校と、学校の名前が変わる。 1342人
1954 昭和29   大西校舎ができる。
1955 昭和30   講堂ができる。 998人
1958 昭和33   北むねの鉄筋校舎ができる。
1960 昭和35   給食場ができる。
1967 昭和42   プールができる。 656人
1980 昭和55   南むね鉄筋校舎、わたりろうかができる。
1984 昭和59   南むね鉄筋校舎ができる。
1985 昭和60   創立77周年の記念式をおこなう。
1988 昭和63  瀬戸大橋が完成する。
1991 平成3   新しい体育館ができる。 628人
1996 平成8   創立88周年の記念式をおこなう。
2009 平成21   創立100周年の記念式をおこなう。
2010 平成22 445人